横浜の川を歩く13 大岡川②(中流域)

 

大岡川は,延長約14kmの二級河川だ。円海山を源流とし、上大岡で日野川と合流して伊勢佐木町、野毛町、桜木町など、横浜市の中心部を通って横浜港に注ぎ込んでいる。

今回は大岡川中流域を、上大岡から出発して栗木まで歩いてみた。

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上大岡駅前商店街の裏を流れる大岡川。菖蒲が群生し、鯉のぼりが下がっている。数年前までは200mほどの流域全面に鯉のぼりがひるがえり、上大岡の名物だったが、ずいぶん規模が小さくなった。

 

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上大岡は山あいの狭い地域で、もともとは捺染業が盛んな職人の町だったが、横浜駅を出発した京浜急行の特急が最初に停車する上大岡駅があり、幹線道路の鎌倉街道が通る交通の要衝だったこともあって、1981年に策定された「よこはま21世紀プラン」で副都心に選定され、再開発が進められた。現在は横浜のベッドタウンとして発展している。

京浜急行上大岡駅の駅メロディは、ゆずの「夏色」だ。上りホームではサビ、下りではAメロが流れる。

 

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大岡川のほとりに鎮座する青木神社。寺社の情報を調べるときにとても便利なサイト「猫の足あと」には、新編武蔵風土記稿等の資料を引用して

青木神社の創建年代等は不詳ながら、もと多々久之郷六箇村(久保、最戸、中里、弘明寺、井土谷)の総社だったといい、<中略>天明6年(1786年)の大岡川の大洪水により、大岡川の流れが変わり社殿が上大岡側に取り残され、今でも大久保2丁目は青木神社の社地だけが川を越して残されたと言われています。

と記されている。

 

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上の地図をご覧いただきたい。大岡川を町の境と考えれば、青木神社の住所は上大岡西であるべきところだが、神社庁のウェブページには、横浜市港南区大久保2-1-11と記されている。つまり、オレンジの実線で区分した町割りになっているのだ。川の氾濫によって流路が移動し、川の両岸に同じ町名が残る事例は、多摩川の二子、丸子などいくつか思い浮かぶが、ここも同じなのだろう。青木神社は大岡川左岸六村の総社だったので、上大岡地区の住民に管理を任せるわけにいかなかったことが、町名の残った理由だと推察する。

 

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青木神社から250mほど上流に歩くと、大岡川日野川の合流地点がある。 右が日野川で、奥から手前に流れているのが大岡川だ。

 

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横浜刑務所前の曙橋から見た大岡川。支流の日野川より流れが細い。 

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横浜刑務所の向かいに鎮座する笹下稲荷神社。地域住民の繁栄と、横浜刑務所の無事安泰を祈願している。小さい祠だが、彫刻に惹きつけられた。木鼻と呼ばれる、柱から飛び出している獅子が、手のひらサイズでかわいい。一見の価値ありだ。

横浜刑務所を撮影していたら、警備員に制止された。建物は撮影禁止なので、紹介できないのが残念である。

 

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笹下釜利谷道路沿いに、鰻井戸がある。案内板の記述を要約すると、

鎌倉時代の話である。北条実時が病に倒れ、療養したが回復しないので如意輪観音に祈ったところ、夢枕に観音が現れ、実時に語りかけた。この地から西北に二里ほど行くと井戸がある。井戸には二匹の霊験あらたかな鰻がいるので、この水を汲んで服用すれば病は治る。実時はさっそく使者をつかわしてこの水を持ち帰らせ服用したら、たちどころに快癒したそうだ。それが、この井戸なのだろう。

北条実時は、金沢文庫を創設した教養人として知られている。

 

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ここは大岡川笹下取水庭だ。大岡川流域を洪水から守るため、日野川大岡川の水を根岸湾に放流する大岡川分水路の途中にある。上の写真で、左から奥の水門に向かって流れているのが大岡川だ。水門は水面の高さまで開いていて、川はゆるやかに流れている。

大岡川分水路については、詳細が神奈川県のウェブページに掲載されている。

 

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手前の大岡川が増水すると堤防を越えて溢れだし、奥に見えるトンネル(大岡川分水路)に流れ込む。

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トンネル側から見た取水庭。大岡川はその奥、左から右に流れている。中央が分水路で、日野川から地下を抜け、大岡川の下をくぐって流れ出している。

 

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大岡川から200mほど離れた高台には、笹下城の本丸跡といわれる場所がある。笹下4丁目にある成就院というお寺の墓地のあたりだ。上大岡までを一望することができ、城を築くのにふさわしい立地だ。笹下城について解説すると長くなるので、横浜市のウェブサイトをご覧いただきたい。

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大岡川支流の左右手川(そうでがわ)との合流地点。鬱蒼としてわかりにくいが、左上から右下に大岡川が流れ、右上から左右手川が合流している。

 

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左右手川は、大岡川との合流地点からわずか450mで暗渠になる。源流は円海山に近い、2km以上離れた峰バス停あたりらしい。

 

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茅葺き屋根がゆかしい栗木(くりぎ)神社。境内の石碑には「徳川時代で村の鎮守として村民の崇敬をあつめ、明治初年に御社号日枝神社と号し、明治初年村社に列せられた」と刻されている。

 

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川の上を走るのはJR根岸線だ。大岡川となじみのある電車といえば京浜急行を真っ先に思い浮かべるが、大岡川と交差しているのは1か所だけ。根岸線は、ここと桜木町駅付近の2か所で交差している。ちなみに、いちばん交差しているのは横浜市営地下鉄で、4か所である。通っているのは、もちろん川の下だ。

(2021年5月記)